足が足の分をなし、手が手の分を果す限り、手や足の労働は自然に反することではない。同様に人間が人間の分をなす限り、人間として人間の労働は自然に反することではない。もし人間の(うちなる)自然に反することでないならば、彼自身にとっても悪いことではない
-[354-430] 西方教会最大の教父 聖アウグスティヌス「自省録」より-
今日の聖アウグスティヌスの言葉は並居るバイカー修ちゃんの今日の一言の中でもひときわ重い。「人 間が人間の分をなす」とうに超えているんじゃないのか?いったい何様だと思っているのか?バイカー修ちゃんは20世紀、それも第二次世界大戦あたりからひ ときわ「人間の分」を踏み越えたような気がする。破壊と殺戮を繰り返し、まあ人間が人間を殺すだけならまだ「急激な人口増加を防ぐ究極の方法」ですむかも しれない。しかし、50億年もかけてはぐくまれたこの自然と生命をいとも簡単に葬り去っておきながら「環境問題」を掲げる資格は人類にはないと思うぞ。地 球とて一個の宇宙規模の生命体であることは間違いない。自然治癒力が働いた場合、まっさきに治療の対象になるのは人類だな。今一度「人間の分」を考える必 要があると思うぞ。



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