悪とは他人の奇妙な魅力を説明するために善良な人々が発明した神話である
-[1854-1900] 英国の劇作家 オスカー・ワイルドの「青年のための成句と哲学」より-
世に善と悪があるなどというのは人間の勝手な解釈かもしれない。中国の広東の人たちは今でも堕胎し た子どもをスープにして食べるんだそうな。こりゃほとんど全世界の人々にとっては驚きだろうし野蛮で常軌を逸した行動だろうと思うが、広東の人は違うんだ ろうな。人間以外の生き物は「なんでもあり」の世界だ。そこに善も悪もない。子殺し、近親相姦、共食い・・書くのもいやになる。悪という概念は善という概 念があって成立する。逆もまたしかり。「自然のままに」といいだすとこれが自然なのだ。不可思議な生き物だなあ。結果的に人間は単一の生物としては最大の 破壊行為を地球に対し行っている。その反動として環境保護という活動も行っている。すべて必要な「対の概念」になっている。これが人間の思考パターンなん だろうな。でもけっこう世の中の人々は単純にお題目のように「片方の概念」を口にする。本当にノーテンキに。でもノーテンキなほうが生きていくには幸せか もしれないと思うこともあるぞ。


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