神にお仕えするためには、ごくありきたりな仕事を、出来るだけ楽しく喜んで実行することです
-[1910-97] 旧ユーゴスラビア マケドニア「神の愛の宣教者会」創立者 ノーベル平和賞受賞者 マザー・テレサ(本名アグネス・ゴンジャ・ボヤジュー)の言葉-
バイカー修ちゃんの会社では「仕事」という言葉に定義があるのだ。「仕事」とは働いてお金をいただ きながら「学ぶ」ことをいい、お金をいただきながら学ばずに働くことは「労働」というのだ。たとえ朝始業前のトイレ掃除(バイカー修ちゃんはほぼ毎日行っ ている)も「仕事」とおもうから楽しい。トイレの隅っこにゴミがたまっているなど毎日発見がある。その発見はじつは会社全体の問題点の凝縮なのだ。トイレ の隅っこのゴミの吹き溜まりは会社の大きな問題の象徴なのだ。しかし、これを「労働」ととらえるとどうなるか?始業前なのに掃除をするなんて契約違反だ? やらされ感でやるから「汚い」「なんでオレが私が」「このような仕事をしにきたんじゃない」そう思いながらする行為に人は感動なんかしない。掃除もなおざ りだ。同じ「掃除」という行為にもこれだけの違いがある。これを1年積み重ねると・・・、仕事と労働の人間には天と地の差がある。マザー・テレサのすごい ところはこれを極限まで死ぬまで貫き通した偉大さだと思うぞ。



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