生きていることは一つの病気であって、眠りが十六時間毎にそれを軽くしてくれる。しかしそれは一時しのぎで、この病気を治すには死ぬことしかない
-[1740-94] フランスのモラリスト S・シャンホールの言葉-
バイカー修ちゃんがこのような名言などが個人的に好きなのは、「発想の転換」の重要性に気づかされ るという面は大きいと思うぞ。「生きている」=「病気」だという発想。モンテーニュも「エセー」の中で「生命の不断の営みは、死の建設である」と言ってい る。また壮士も「大自然は、我々に肉体を与えて大地にのせ、我々に生を与え苦労させ、我々に老いを与えて楽にし、我々に死をあたえて休息させる」と言って いる。洋の東西を問わずこのような発想は古来あるものと思われる。しかして実存主義的な思考の現代は、とくに米国的近代社会は「死ねば終わり」という考え が主流で、ゆえに刹那的で退廃的になっていく。目に見える豊かさがカネ思考となり不幸の源になっていると思うぞ。主観の幸せと客観の幸せはまったく異質な 世界なのかもしれない。



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