自分で出来ないと考えている間は、人間は本当はそのことをやりたくないと心に決めているのである
-[1632-77] オランダの哲学者 ベネディクト・de・スピノザの言葉-
昨日の信玄公の「為せばなる為さねばならぬ成る業を 成りぬと捨つる人のはかなき」の答えをスピノ ザの言葉で表してみました。「できない」とは「やりたくない」という深層心理の言い換えであるということですな。うんうんよくわかるぞ。自分自身がよくあ らわれる場面というとどんなんだろうな。うん、たとえばジェード・ロウみたいなイケメンが突然あなたの前に現れたらあなたはどういう態度をとるだろうか? たぶん・・ひいちゃう人が多いのでは?これ複雑な心理がはたらくと思うんですよ。自分を否定してるものだから、うっとりはしても前にでられない。「こんな 人が"あたしのような"人を相手にするはずがない」などという考えに至り、ひいてはあたしはだまされているなんて被害妄想に至る。人間って本当に非論理的 な生き物ですな。もともと非論理的な思考なのに現代は「論理的」でなければならないところに問題があると思うぞ。



お気に入り・リンク