北原白秋

詩は神秘でも象徴でも何でもない。詩はただ病める魂の所有者と孤独者との寂しい慰めである

-[1885-1942] 詩人・歌人 北原白秋「月に吠える」序文より-

「気はながく 心は丸くはらたてず 口つつしめばいのちながし」これ1月14日に小二の娘が筆ペンで書いてくれました。「かぞくをたすけあい さまざまいいけいけんをしてたすけあう それがかぞく」とも書いてありました。親バカですがわが家は歴史、茶、絵画などの話題が常に茶の間で交わされているからか、小六の息子は3年生くらいから 「平家物語」の冒頭の「祇園精舎の鐘の声~」を今で信じられないくらい長文で覚えておりそらで口ずさみます。バイカー修ちゃんもここに書いてもう5年。相 当な言葉を紹介してきたつもりですが、みな自分で読んだり見たりした言葉ばかりです。でも詩(その他の文章も含め)この白秋の醒めた言葉に表されるように 「寂しい慰め」なのか?白秋さんそれはあまりに自虐的だよ。人間どんなものをもらうより、「言葉」や「歌」のほうが嬉しいもんだ。うがって「寂しい慰め」 以外の何を他人に求める?寂しいか否かを決めるのは自分自身だと思うぞ。身を削って他人に暖を与える。芸術家とは寂しいものかもしれぬ。

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