宗教的観念が特に高く評価されるのは、それが、人生において最も重要かつ興味あるものについての情報を提供してくれるからである。
-[1856-1939] オーストリアの神経科医 ジグムント・フロイトの言葉-
昨日に引き続き、フロイト先生の言葉でいってみよう!このフロイトの言葉には興味を持ちました。フロイトは宗教、芸術、文化の面でもかなりの意見を述べております。まあ突飛ともとれるフロイト先生の「精神分析」に比べればかなりまともで納得できるのだ。一般のわれわれ無教養な凡人は、まず人生においてカネのような物質の豊かさをほぼ例外なく追い求めるな。まあほとんどの人がこれに破れ、もしくは望みをなくしつつ「これは私に学歴がなかったからだ」などというもっともないいわけをして挫折するのだ。また少数の人は一応のカネや豊かさを手にするものの人間関係などでつまづいき挫折する。カネなるものが「人格の増幅器」であることに気付いたときにはすでに遅くカネが目標ではないことに気付く。でもな~たいがい遅すぎるんだよな~。そこに気付くのが、そしてへんな新興宗教にハマるのだ。バカはどこまでいってもバカなのかなあ。



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