気の小さい者は少し批判されただけで、立腹する。だが分別ある者は、自分を非難した者からも、叱責した者からも、そしてことに「どこが問題か、ともに論じ合った者」から、自分の至らないところを熱心に学び取る
-[1888-1955] 米国の演説法指導者 デール・カーネギーの言葉-
デール・カーネギーさんの言葉はあまりに引用が多くて紹介するのもためらわれるんですが、昨日の三木 清と関連するので紹介してみました。洋の東西を問わずいうことはいっしょなんですね。バイカー修ちゃんは「人は年をとると物事を悟ってくる」と思っていましたが、自分がその年になって見るとそうではないことがはっきりわかりました。年をとるだけではだめなんですね。「学び続ける」という意識がないと時のたつのはただただ時間の浪費と肉体の消耗、近づく死と過去への悔恨(かいこん)からくる大いなる焦りに飲み込まれて、人間の視野を狭くするのみだと感じます。今の自分の立場を正当化しないと存在そのものが否定されるような恐怖があるんですよね。でもそうならないと自覚できないし、時すでに遅しという感じになっちゃうんだよね。だから人間は40過ぎると誰の目にも明らかになるくらい表情に差がでてくるのだと思うぞ。くわばらくわばら。


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