オスカー・ワイルド

文学とジャーナリズムの違い?ジャーナリズムは読むに耐えないものだが、文学は読んでもらえないものだという点である

-[1854-1900] 英国の劇作家 オスカー・ワイルドの言葉-

今朝、バイカー修ちゃんの会社の社員さんの報告書のなかに「毎月1冊本を読む」という目標が入っておりました。この項目を見て思い出したのがこの言葉です。確かに読むべき本を読まない人のいかに多いことか?また読むのもおぞましい雑誌(結構編集者は自称ジャーナリストが多い)くだらない芸能人がああしたこうしたとか、こんなくだらないことには聞き耳を立てるのに文学は読まれない。文学は強烈な「疑似体験」が可能だと思うぞ。うん、映画も文学には勝てないと思うぞ。もっとも子供の頃から接していないと活字から想像力を働かせるのは難しいのだが・・。バイカー修ちゃんはテレビが感受性の低下につながっていると思っている。テレビは重要なメディアだけれど、あんな限られた時間で「わかったつもり」にさせるシステムは危険でもある。手軽さを求めて本を読まなくなる。でもね。知識は本で得たことしか残らない。テレビはその検証の道具にしかならないとバイカー修ちゃんは思うぞ。なぜか?本は自己判断の余地があるがテレビにはそれがない。見たままを信じてしまうとても危険なシステムだ。アメリカの大統領選挙戦みたいに「愚かな大衆」にパンとサーカスを与える方を選ぶシステムになってしまいがちだろう?

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