ルドルフ・VON・イェーリング

法の目標は平和であり、そのための手段は闘争である。法が不法からの侵害にそなえなければならないかぎり―しかもこのことはこの世のあるかぎり続くであろう―、法は闘争なしではすまない。法の生命は闘争である。それは、国民の、国家権力の、階級の、個人の闘争である。

-[1818-92] ドイツの法学者 ルドルフ・von・イェーリング「権利のための闘争」より-

ちょっと要約していますが、イェーリングは19世紀後半の代表的法学者ですな。今でもその評価はかわらないと思うんですが、じつは大学生の頃はあまり記憶にないんですな。今思うと、この思想はヒトラーの「わが闘争」あたりのベースとして存在するんだろうな。たった6~70年前の近世の話だけど、ヒトラーの主張は今読んでも???という感じで現代人、特に日本人には理解不能であろう。強烈は被害者意識、強烈なコンプレックス、そしてあぶりだされた強烈な民族的優越意識。そしてベースにこのイェーリングらが主張する「権利のための闘争」。かつて正義のための闘争は正しいとみなされた時代があった。今でも坂本龍馬をテロリストだと思う人より近代の功労者だと思ってる人が圧倒的に多い。薩摩や土佐がテロを繰り返し暗殺が横行した幕末の京都は言葉を変えれば今のバグダッドかもしれない。時代の寵児は紙一重なのだ。正義の味方イギリスが麻薬・女・軍隊ありとあらゆるダークな手法で世界史で暗躍した事実を人はあまり知らない。

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