福田和也

タリバーンの目にうつるアフガニスタンのバーミヤン遺跡の石仏は、国内メディアの考える世界遺産という「文化財」ではなく、「仏」として扱い自らの信仰に照らして許すことができないから壊したのだ。

-文芸評論家 福田和也 2001年3月バーミヤン破壊に際しての2001年5月の発言-

よくある認識のズレを意識しない意見のすれ違いの例ですね。バーミヤンの例は顕著なものでしたね。国内論評は「世界遺産を破壊した暴挙!」って感じでした。これは国内の歴史をみてもそうなんですね。例えば家康が城の取り壊しをしてなきゃもっといたるところに「文化財」があった。戦争で供出しなきゃバイカー修ちゃんのおばあちゃん家にも刀や槍、鎧という文化財がいっぱいあったそうな。そして日本人は高度成長のとき、経済を理由に文化財取り壊しをいっぱいしてきたはずでしょう。「歴史や文化を重んじる」というのは余裕があってできること。世界の大部分の食うや食わずの国では、今を救ってくれる食料、武器弾薬と唯一の救いの宗教が大事なんでしょう。その飽食でゴミを大量に出す国と、食うや食わずの国との論議そのものがもともとかみ合っていないのだと思うぞ。

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