朝礼ネタ・スピーチに名言コラム~バイカー修ちゃん・今日の一言: 2004年2月アーカイブ

2004年2月

欲深い人は金銀財宝があれば喜び、見栄張りの人は称賛されれば喜ぶ。愚かな人は横ならびならば喜ぶが、勝れた人は真実が語られれば喜ぶ

-[1182-1251] チベットの宗教者 サキャ・パンディタ「サキャ・レクシェー」より-

福田和也

タリバーンの目にうつるアフガニスタンのバーミヤン遺跡の石仏は、国内メディアの考える世界遺産という「文化財」ではなく、「仏」として扱い自らの信仰に照らして許すことができないから壊したのだ。

-文芸評論家 福田和也 2001年3月バーミヤン破壊に際しての2001年5月の発言-

本居宣長

しきしまの やまと心を人問はば 朝日ににほう山桜花(やまざくらばな)

-[1730-1801] 伊勢の国出身の国学者 本居宣長(もとおりのりなが)の歌-

田原総一朗

日本の歴史を振り返ると、哲学を持たないぶん何が起こってもすばやく対応できたと言える。

-ジャーナリスト 田原総一朗 2001年5月の発言

ソビエト社会主義共和国連邦は、国際法の対象として、および地政学上の実体としてもはや存在しない。

-[1931-] ロシア連邦大統領 ボリス・ニコラエヴィッチ・エリツィン1991年12月8日の宣言

実在(存在)は本質に先立つ。この意味するところは、人間は何はともあれまず存在していて、自分に出会い、この世界の荒波に洗われるのであって、自分の事を定義するのは専ら後になってからである、ということだ。

-[1905-80] フランスの哲学者・小説家 ジャン・ポール・サルトルの言葉-

宇宙は、「銀河系の規模にまで拡大された地球」では決してないであろう。それは質的に新しいものである

-[1921-] ポーランドのSF作家 スタニスワフ・レム「ソラリスの陽のもとに」より-

民族主義は愚か者の麻薬である。

-[1916-96] フランスの第5共和制第4代大統領 フランソワ・M・M・ミッテランの言葉-

全ての世界史的な大事件や大人物はいわば二度現れるものだ、一度目は悲劇として、二度目は茶番として

-[1818-83] ドイツの思想家・革命家 カール・マルクスの言葉-

中国古典の『史記』や『十八史略』に登場するもので、時代は遠く秦のころ。権勢を誇る趙高(ちょうこう)という者が大臣になり、皇帝に鹿を献上して「これは馬でございます」と言った。皇帝は笑って「鹿ではないか」と修正した。ところが、居並ぶ家臣たちは趙高の権力を恐れ、黙ってしまったり、「大臣のおっしゃる通り馬です」と、へつらったりした。まれに「いえ、鹿です」と正す者もいたが、彼らはあとで趙高に厳しく罰せられた。臣下たちはますます趙高を恐れるようになった。「鹿を指して馬と為(な)す」ということばの始まりである

-「馬鹿」という言葉の語源-

生きていることは一つの病気であって、眠りが十六時間毎にそれを軽くしてくれる。しかしそれは一時しのぎで、この病気を治すには死ぬことしかない

-[1740-94] フランスのモラリスト S・シャンホールの言葉-

神にお仕えするためには、ごくありきたりな仕事を、出来るだけ楽しく喜んで実行することです

-[1910-97] 旧ユーゴスラビア マケドニア「神の愛の宣教者会」創立者 ノーベル平和賞受賞者 マザー・テレサの言葉

山岡荘八

人が多く人を動かす秘訣は、無償の行為である

-[1909-] 小説家 山岡荘八の言葉-

清少納言

遠くて近きもの。極楽、船の道、人の仲

-[996?-?] 随筆家 清少納言「枕草子」より-

島崎藤村

愛の舞台に登って馬鹿らしい役割を演ずるのはいつでも男だ。

-[1872-1943] 詩人・小説家 島崎藤村「破戒」より-

なぜ、このように悪口が絶えないのだろう。人々は、他人の功績を少しでも認めると、まるで自分の品位が下がるように思っている。

-[1749-1832] ドイツの詩人・小説家・科学者 ヨハン・ウォルフガンク・フォン・ゲーテ「箴言と省察」より-

書籍は青年のためには食物となり、老人のためには娯楽となる。病める時は装飾となり、苦しい時には慰めとなる。内にあっては楽しみとなり、外に持って出ても邪魔にはならない。特に夜と旅行と田舎においては、良い伴侶となる

-[BC106-43] ローマの政治家・文人 マルクス・トゥルリウス・キケロの言葉-

寺山修司

人間は中途半端な死体として生まれてきて、一生かかって完全な死体になるのだ

-[1935-83] 歌人.詩人・作家・劇作家・評論家・舞台演出家 寺山修司-

およそ戦争は、盲目的な激情に基づく行為ではない、戦争を支配するものは政治的目的である

-[1780-1831] プロイセンの軍人・軍事評論家 カール・P・G・クラウゼヴィッツ「戦争論」より-

企業の目的は、企業の外にある。企業は社会の機関であり、目的は社会にある。従って、事業の目的として有効な定義は一つしかない。顧客の創造である

-ウィーン出身の米国の経営学者 ピーター・F・ドラッカー「現代の経営」より-

アラブの諺

真理の矢を投げるのなら、その先端をミツに浸せ

-アラブの諺-

 

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