朝礼ネタ・スピーチに名言コラム~バイカー修ちゃん・今日の一言: 2000年2月アーカイブ

2000年2月

私が臆病者?答えよう。戦うことが目的ではない。勝つことが目的なのだ。しかし、勝ちめがなければ撤退する。

-米国GEの会長兼CEOジャック・ウェルチ、83年家電部門売却において役員の猛反対に反論して-
諸君!21世紀は、トースターの時代か、それともCTスキャナーの時代か考えてほしい。トースターが技術力の象徴である時代は終わったのだ。過去にとらわれるな!変化に心を開くのだ!

-米国GEの会長兼CEOジャック・ウェルチ、83年家電部門売却において役員の猛反対に反論して※GEはこの時点で小型家電において圧倒的シェアを持っているにもかかわらず撤退し結果的に成功した。
スピード、簡潔、自信、スピードは官僚主義へのワクチンである。

-米国の巨大企業GEの会長兼 CEOジャック・ウェルチの企業倫理-
1980年代、企業は変革を迫られた。M&Aが吹き荒れ生き残った企業はグローバル化した。1990年代もこのノウハウでよいのか?答えはノーである。1990年代の競争は80年代が「ぶらぶら散歩していた」と思えるほど激烈となる。勝ち残るカギは「企業のソフトウェア」と「企業を動かす文化」である。

-米国の巨大企業GEの会長兼CEO ジョン・F・ウェルチ・ジュニア(ジャック)1989年の言葉
映画監督が自分の望んだイメージで撮った作品がどのように利用されようと私の責任なのか?私はぶざまな映画を作ればよかったというのか?

-傑作の誉れ高いナチス党大会のドキュメンタリー「意志の勝利」、36年ベルリン・オリンピック「オリンピア」を撮ったドイツの映画監督・女優 レニ・リーフェンシュタールが戦後ナチス協力の批判に答えての発言-
強者にはうやうやしく弱者には無情な日本のプレスは、権力との曖昧な関係を維持しており、その激しい競争は、政財界勢力との暗黙の申し合わせに基づく自制と情報操作への加担に結びついている。

-フランスの新聞「ル・モンド」の日本の新聞に対する批判-
「情報」とは不確実性の除去である。

-米国の応用数学者 クロード・エルウッド・シャノンの言葉-
色見えで移ろうものは世の中の人の心の花にぞありける。

-9~10世紀 平安前期の女流歌人 小野小町 佐竹本三十六歌仙より-
汝らのうち罪なき者まず石なげうて

-※ 姦淫の罪で捕らえられた女に関し、「律法はこういう女は石で打ち殺せと命じているがあなたはどう思われるか」という質問にたいするイエス・キリストの答え「新約聖書 」ヨハネ伝第8章より

正義は論議せられがちであり、力はたいそう認められやすく論議をせられない。

だから人は正義に力を与えることができなかった。

なぜといって力は正義に抗弁し、汝は不正である、自分こそ正しい、と言ったからである。

かくて人は正しいものをして力あらしめることができず、力あるものをして正しいものとした。

-
[1623-62] フランスの哲学者・科学者・文学者 ブレーズ・パスカル「パンセ」298節より-

日本人は能力も資格も充分に備えていながらなお、戦後この方の歪んだ悪しき教育の一つの所産として、自らの歴史を通じて自らを知ることを一向にしなくなった。それ故に正当な自負も持ち得ぬ、それ故に国家としての意志を踏まえた戦略も立てられぬ、国家としての本質的浮薄さへの周りからの軽蔑にも一向に気づくことのないこの国を、そのままに放置していることの罪への自覚すらない政治を、国民はもはや食傷を超えて軽蔑しようとしているのに。

-東京都知事 石原慎太郎「国家なる幻影」より-
日本などという国はこのままでいけば、20年後には消えてなくなるだろう。

-中華人民共和国 元首相 李鵬の1997年オーストラリアでの発言-
官僚統制の半ばの絶対性ということでは、従来の日本は世界で最も成功した、実は「社会主義国家」だったと言える。

-作家・元国会議員・東京都知事 石原慎太郎の言葉-
確かな民主主義の絶対必要条件は無私なるテロルだ。

-小説家・劇作家 三島由紀夫の言葉-
独立の心なきもの国を思うこと深切ならず。立国は「公」にあらず、「私」なり。

-19世紀 啓蒙思想家・教育者 福沢諭吉の言葉-
奨励!手腕!功徳!よしたほうがよい。何より党派に属することだ。

-18~19世紀 フランスの小説家 スタンダール「赤と黒」第二部二七章より-
「利己心」の効用が、国家の発展に通じる。

-18世紀 英国の哲学者・経済学者 アダム・スミスの言葉-
この世はすべて舞台であり、男も女もすべて役者にすぎない。あの人は本当は頭がいいから「ばか」のまねができるのね。上手にとぼけてみせるのは特殊な才能だわ。

-16~17世紀 英国の劇作家・詩人 ウィリアム・シェイクスピア 劇中の台詞-
耕された土地に播かれた種子のように、広い教養を身につけた精神が抱く思想は、たやすく発芽し、成長する。教養は知の獲得を容易にし、新しい諸条件に適応させる。

-無教養な人とは、頭の中が何も耕されていない人であるとすれば、頭の中が耕されているとどんな良いことがあるのか?という質問にたいする ポール・フルキエの言葉-
教養は「知」そのものではないが、知を軽蔑して除けるわけでもない。知を獲得することも大事だが、本当に大事なのは獲得された知識ではなく、「知」の獲得過程で醸成された知的、道徳的な「人格」なのである。そういう人格の持主が「教養人」といわれるのである。

-フランスの哲学者 ポール・フルキエが「教養人」とはなにかについて語った言葉-

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