朝礼ネタ・スピーチに名言コラム~バイカー修ちゃん・今日の一言: 2000年1月アーカイブ

2000年1月

私は君たちに何も教えないだろう。

哲学は知識ではない。

哲学は、すべてを問題とする反省の方法だ。

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[1926-84] フランスの哲学者 ミシェル・フーコーの言葉-

きみたちの一般的な教養やそのためのすべての施設は道化芝居である。人間がある一つのことを、周囲のほかの者にはなかなかできないほどに、根底から理解し、すぐれてなすということが大切なのだ。一つのことをよく知り行うということは、百のことに中途半端であるよりも、高い教養をあたえるのである。

-18~19世紀ドイツの詩人・小説家・科学者 ヨハン・ウォルフガンク・フォン・ゲーテの言葉-
きみがどんなものを食べているか言ってみたまえ。きみがどんな人間かを言ってみせよう。

-ブリア・サヴァラン「美味礼賛」の一節-
「教養」の定義とは「マクロコスモス」たる世界を、「ミクロコスモス」たる人間の精神的人格に押込むことである。

-教養についての定義についての立花隆の返答-
釈迦という、いたずらものが世にいでて、多くの人をまよわするかな。

-15世紀 室町時代の臨済宗禅僧 一休宗純の詩-
露とおち、露と消えにしわが身かな、なにわのことも夢のまた夢。

-16世紀 安土桃山時代の太閤 豊臣秀吉 辞世の句-
旅は私の学校だ。自分の目で見、自分の頭で考える。

-14世紀イタリアの旅行家 マルコ・ポーロの言葉-
核兵器開発競争という救いようのない「チキンゲーム」を行うのは、不良少年と国家だけだ。

-英国の哲学・数学者 バートランド・A・Wラッセルの言葉-
人間は生まれたときには「白紙(タブラ・ラサ)」である。生まれつきの「本能」など存在しない。どんな絵でも描くことはできよう。ただ、この白紙は、その上に親孝行者という「よく見える絵(マニフェスト)」を描けば、同時に親不孝者という「すかし絵(レイテント)」を描いたことにもなるような白紙である。

-米国の行動主義心理学の創始者 ジョン・B・ワトソンの言葉-
集団の共同幻想は、個人の私的共同幻想の共同化としてしか成立しえず、個人はその私的幻想を共同化することによってしか個人となりえない。

-岸田秀「ものぐさ精神分析」より-
日本は、戦前のイデオロギーを思想的に超克したうえで戦後のイデオロギーを主体的に築いたのではない。いわば、戦前のイデオロギーを「抑圧」しただけであって、抑圧されたものは必ず回帰するのである。

-岸田秀「ものぐさ精神分析」より-
乱は治に生じ、怯は勇に生じ、弱は強に生ず。

-紀元前8~5世紀 春秋時代の兵法家 中国古典百言百話「孫子」より-
抑圧的文化を取り除けばユートピアが訪れるという思想はまちがっている。抑圧的文化というものは、足のわるい人の松葉杖であり、ユートピア思想は、松葉杖を捨てさえすれば足のわるいのは治るという誤った判断の上に立っており、我々はせいぜい、松葉杖の改良しかできない。

-岸田秀「ものぐさ精神分析」より-

人間は生物進化の奇形児である。

また、日本近代史は精神分裂病の患者である。

その発病は1853年のペリー来航事件であり。その病状がピークに達したのは太平洋戦争であった。

しかし未だに完治はしていない。

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[1933-] 心理学者・精神分析学者 岸田秀「ものぐさ精神分析」より-

行蔵(こうぞう)は、自分のみが知る。

誉める貶すは他人の主張、われ関せず。

自分の相場が下落したとみたら、じっとかがんでおれば、しばらくすると、また上がってくるものだ。

大逆人の勝鱗太郎も今では伯爵勝安芳様だからのう。

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[1823-99] 幕末・維新の政治家 勝海舟「氷川(ひかわ)清話(せいわ)」より-

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