朝礼ネタ・スピーチに名言コラム~バイカー修ちゃん・今日の一言
遊びだからといって手抜きをすれば大成しない。中途半端になるだけだ。
仕事も遊びも、日常生活も手抜きしない。それができるようになれば、どのような職種であれ一流といわれるはずだ。
-[1947-] 佐賀県唐津市出身の小説家 北方謙三2013の言葉-
「日本文化」というのはどこかに原点や祖型があるわけではなく、「日本文化とは何か」というエンドレスのかたちでしか存在しない。
-[1950-] 東京都出身の神戸女学院大学教授 内田 樹2009年著『日本辺境論』「日本人は辺境人である」より-
そのとき、彼の眼に、異様な光景が映ってきた。
道路の向こう側に植えられている一本の贋アカシヤのすべての枝から、おびただしい葉が一斉に離れ落ちているのだ。
風は無く、梢の細い枝もすこしも揺れていない。
葉の色はまだ緑をとどめている。
それなのに、はげしい落葉である。
それは、まるで緑色の驟雨(しゅうう)であった。
ある期間かかって、少しずつ淋しくなってゆくはずの樹木が、一瞬のうちに裸木となってしまおうとしている。
地面にはいちめんに緑の葉が散り敷いていた。
-[1924-94] 小説家 吉行淳之介1954年著第31回芥川賞受賞作『驟雨』より英夫と娼婦の道子が、朝のカフェの窓から外の景色を眺めるシーン-
「何かからの自由」が目的なのはダメなんだね。自由というのは、「何かを成し遂げるための手段としての自由」でないと意味がない。
-[1951-] 東京都出身の映画監督・作家・2017年度米国第44回アニー賞にて功労賞:ウィンザー・マッケイ賞受賞 押井 守の言葉-
IS:イスラム国がやろうとしていることは前代未聞のことのように見える。しかしそうではない。
IS:イスラム国は、ソビエト連邦ができる前の「革命ロシア」によく似ている。
‐[1960-] 東京出身の外交官・作家 佐藤 優 池上 彰[1950-] 2015年共著『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』2章 中東こそ大転換の震源地‐
現在は「CSR(企業の社会的責任)」と呼ぶべき第2段階に入っている。
しかし、我々はいま、第3の段階へ移行しようとしている。それは「価値を共有する段階CSV(共有価値の創出)」である。
‐[1947-] 米国の経営学者・ハーバード・ビジネス・スクール教授 マイケル・E・ポーター20115月の言葉‐

歴史は「政治の時代」、「経済の時代」、「文化の時代」と3つの時代を繰り返す

 [1922-2015] 福井県出身の経営コンサルタント タナベ経営 創業者・会長 田辺昇一の言葉-

「フィンテック:Fin Tech」について
AIを活用することで、会社組織だって、株式の仕組みだって変えられるし、極論すれば「資本主義」だって変えられる。
たとえば、米国は「フィンテック」を実用化しはじめているけれど、どこまでやっていいのか?あるいは、どうやるのがいちばんいいのか?などの議論や提案について、なぜ私達のようなAIの研究者や技術者だけに押し付けられてしまうのか、私には理解できない。
-[1952-] 兵庫県出身の人工知能研究者 中島秀之20168月の発言-

「メディア」はメッセージである。メディアというものは、人間が拡張していく装置なのだ。
将来、人間の記憶はの中に留まらず、外部へと出ていくであろう。
-[1911-1980] カナダのマスメディア研究者 ハーバート・マーシャル・マクルーハン1989年著『グローバル・ヴィレッジ――21世紀の生とメディアの転換』より
ヘーゲル以来の弁証法は「正⇒反⇒合」のところで「生成」を謳(うた)っているけれども、その生成は空虚なものになるであろう。
なぜなら、それは「中心」を持とうとするからだ。中心を持とうとした社会は崩壊する。
近代はまさに中心を持とうとし、その近代こそが「反近代」をつくるのである。
-[1903-1969] ドイツの哲学者 テオドール・W・アドルノ『否定弁証法』より-

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