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これは日本史上の謎といわれている光秀が主君たる信長を焼き討ちにした「本能寺の変」の五日前に愛宕山の茶会で詠んだ句です。「とき(時)は今」は光秀が美濃(今の岐阜県ですな)の土岐氏の末裔(だと本人が言ってる)の「土岐」をかけあわせているんですな。ゆえに「土岐(の末裔)は今、天が下しる五月哉(かな)」、あの信長に天誅をくわえるのはこの5月という意味ですね。実際は天正10年6月2日(1582年6月21日)に実行されたんですね。クーデターですね。いまだ持って歴史小説家の題材になるこの事件。真実は謎のままです。光秀が秀吉に討たれるその後の悲劇。その娘ガラシャ玉(玉姫)の悲劇。この細川忠興(ただおき)に嫁いだ美しいキリシタンの姫の悲劇もよく知られるところですね。この玉姫洗礼名どおりのグレース(高貴な)姫だったそうな。「散りぬべき 時知りてこそ世の中の 花も花なれ人も人なれ」という辞世の句は自分と亡き父のことも思うての句だったのではないかな
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