|
朝昇龍さんの故郷モンゴルの諺です。バイカー修ちゃんは昔、短気で人をまず疑いの目で見ておりました。小心で疑り深く人当たりのいい人とはしゃべるけど、第一印象で「あわない」と思ったらもう拒否モードになっておりました。これが人生を狭くするんですねえ。今はその人が発する言葉を「私意からでた言葉」なのか、「善意からでた言葉」なのかを判断するようにしています。このようなとらえ方で聞いてみると大体判断がつくんだよな。であれば耳が痛くとも「善意からでた」言葉は受け止める必要があるしいかに心地よくとも「私意からでた」言葉は鵜呑みにはできない。この諺からこんなことを考えています。ネットに氾濫する言葉の洪水において問題だと感じるのは「私意からでた言葉」をいかにも一般論のようにオブラート(今の子は知らないだろうな)にくるんだ言い方をする御仁が多いことだろうな。私意と私意とのぶつかり合いは際限がない。もともとWEBそのものの性格が私意が強いサイトが多いから仕方ないかとは思うんだけど。だから「バイカー修ちゃんの今日の一言」は会社の「公のサイト」の中にひっそりとあるんだよな。
|