|
文豪ドストエフスキーの言葉です。これは深い根源的などろどろとしたいわゆる「男の存在意義」にまで考えをめぐらした末の結論だと思うぞ。なぜか?この逆説は成り立たないからである。女を完成させるものは男ではない。まあ選択肢の一つではあろうがな。女はそれそのものだけでも完結できる。しかし、男は所詮女の存在があって、いや女に認知されてはじめて「男」といえるのである。いかに立派な道徳者であろうと女が必要だ。それはコントロールしているようでじつは依存している。男とはこのように女に対して大きな弱点を持っている。男主導の社会とは、本能的に女性に対して持つコンプレックスを仕組みにして女の発言を抑えたものに過ぎない。しかも、女にたいして恐怖を持っているのである。女の美は最大のパワーである。どんなに芸術を理解しない男であってもこれにまいらない男はいないし、まいらない男は男じゃないのである。そしてこれが男のエネルギーの源になっている点が根深い問題なんだよねえ。
|