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バイカー修ちゃんおとくいのサルトルの言葉です。「実存主義」者である彼の真骨頂の言葉でしょうなあ。哲学的実存と生物学的実存は違います。まあ簡単に言うと「なんで生きてるの?」って考えたときに、生命活動をしているからと考えるのか、「考える」ゆえに今生きているのだなあと実感するのかですな。だから、この哲学なるものは人間が人間として生きていくための「幻想」だし、これなしでは生きられないんですよ、人間は。これを軽んじて「経済至上主義」つまり「カネ」の単位をさも人の能力の単位にしてしまった(それもサルトルあたりの実存主義の弊害か?)現代の病理がこの混乱を生んでいる原因のひとつだとバイカー修ちゃんは思うぞ。人間は最近の小学生大量殺傷事件のような犯罪がおこると「非人間的」と悲しみにくれる。(それが当然なんだけど)しかし、人間以外の動物はそのような感情を持たない(と考えられているだけだけどな)。つまり「人間的」という概念を持ったときから「非人間的」という悪夢と戦わねばならなくなったんだな。結論、このサルトルの言葉は対立を指摘しながら同じ問題を説明していると思うぞ。読者のみなさんの考え方を教えて欲しいな。
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