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バイカー修ちゃんも運命論者ですが、多くの人々は「運命が偶然にやってくる」と思っているようですが、ぼくはちょっと違います。運命とは未来ですね。未来は「ゆらぎ」の中にいくつもの選択肢があり、我々は無意識にそのひとつを選んでいるのだと思います。その意味で「偶然」そうなるのではなく「蓋然(がいぜんと読む)」なのではないか?つまり、ある程度そのようになる選択肢を選んでいるのではないか?確かに、いわれのない、もう不幸といかいいようのない(最近の、小学生連続殺人のような)運命や、病気、事故などがありますが、やはり運命は個人の行動、考えの要因が大変大きいと思います。フンボルトのこの言葉もそのような意味なのではないかと感じています。まあ、人間自分のせいにするのはつらいよなあ。だれかのせいにしないとやってられないという気持ちはわかるのよ!心の奥では自分の半生を思うに、「あーあ、こんなことならもっと真面目にやればよかった。できることならやりなおしたい」と思うもんなあ・・・。ちょっとグチってしまうバイカー修ちゃんでした。
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